薄荷さん
レビュアー:
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小説を読むという事は、これほど魅力的で豊かな言葉を味わえる事なんだ・・・日本語が読める日本人でホントに良かった!
本好きの幸せがたっぷりと心に満ちるような小説でした。
そして実は、私がガッツリ食いつく美味しそうな食べ物もたくさんでてきます(笑)!
この小説の主人公『私』は、時間給講師と翻訳で何とか生計を立ててる青年(?)。
本と競走馬と乗り物(自動車を除く)が好きな彼曰く、『アトラクションとしての面白さ』のある都営荒川線が走る東京下町が、本書の舞台。
ある夜、いつもの居酒屋で一緒に飲んでいた『背中に昇り竜のある』正吉さん(印章彫り職人)は、一週間根をつめて作った実印を『大切な人に届けてくる』と言って出て行った。その手土産であろう、カステラ入りの手提げを忘れていったまま。
その後を追い、手提げをひっつかんで雨の夜を走る『私』だったが間に合わず、走り去る1両編成の黄色い都電を見送る・・・それきり正吉さんは姿を消した。
大事件と言えるのはそれだけ。
その後、正吉さんを捜索するとか、その真相が明らかに…!とか全然なし。
お金はあんまりないけど時間はたっぷりある『私』が、この下町で日常を普通に過ごしていく中で訪れるいつもの銭湯、居酒屋、古本屋、大家さんの旋盤工場の情景。そこで暮らし、働く職人たちの矜持に裏打ちされた言葉。
いつもの場所を穏やかに見つめ、出合う人といつものように会話をし、ふと正吉さんとの会話を思い出たり、以前読んだ本や、過去の出来事や、昭和の名競走馬たちへと思いをはせる・・・その流れがごく自然で、美しく、心にしみる言葉が溢れます。
中でも、かつて正吉さんが言った
『いつもと変わらないでいるってのはな、そう大儀なことじゃあないんだ。変わらないでいたことが結果としてえらく前向きだったと後からわかってくるような暮らしを送るのが難しいんでな』
・・・のところで、ちょっと泣けてしまって・・・。
そして美味しいものもたっくさん!
食べ物がおいしそうに描かれているのはもちろん、その食べ物がある情景の魅力にひかれ、何十回繰り返して読んだか・・・っ!!
『私』は大家さん(旋盤工場経営者の米倉さん)の娘・中学生の咲ちゃんに、時々英語と国語を教えています。その対価に家賃割引してもらった上、家庭教師の日はカレーか焼肉の晩御飯メニューをゴチになるのが定番。
ところがある日、彼女が『私』を招いて力作『謹製鶏殻肉野菜盛りだくさんスープと干しぶどう入りバターライス』をご馳走します。
時間をかけて煮込み、何度も灰汁取りしてきれいに澄んだスープと一緒に薄味のバターライスを合わせると、口の中でほんのりそのバターが溶け出す、繊細でしっかりした味を『私』は絶賛します。
ここでの咲ちゃんとお父さんである米倉さんの会話、『私』がしみじみと味わう想いに・・・イイ・・・とため息を一つ。
また、正吉さんが忘れていったカステラの賞味期限がそろそろダメだろう、と主人公は差し替えのカステラを購入し、古い方は店で他の常連さんと食べる事にします。何故ならこの居酒屋では、とある理由から本式のネルドリップ珈琲を出すのです。
鮮やかな卵色と茶のカステラが藍の美濃焼の小皿に載せられて、それに合わせた取っ手のない湯呑に、女将が手早く優しく珈琲を注ぐ…ここの情景の美しく、薫り高く、美味しそうな事といったら・・・!!
他にも居酒屋のランチとか、教習所のビュッフェのサンドイッチとか・・・たくさんあるんですが、きりがないのでここまで(笑)。
食べ物を割り引いても、『娯楽として小説を読む』という楽しさを充分に味わえる本です。
好きな情景、好きな言葉、好きな食べ物が出てくるところに付箋を貼っていたら、付箋だらけで何が何やらわからなくなりました(笑)私の2015年上半期で最上最高の本です。
大変地味ではありますが滋味のあるこの小説が、できるだけたくさんの方に読んでもらえたら・・・と願っております。
ちなみにこの本はもちろんなんですが、だいぶ前に退会されたために埋もれてしまってるのがものすごく惜しい「きしさんの素晴らしい書評」も、是非是非読んでください!お勧めですっ!!!
そして実は、私がガッツリ食いつく美味しそうな食べ物もたくさんでてきます(笑)!
この小説の主人公『私』は、時間給講師と翻訳で何とか生計を立ててる青年(?)。
本と競走馬と乗り物(自動車を除く)が好きな彼曰く、『アトラクションとしての面白さ』のある都営荒川線が走る東京下町が、本書の舞台。
ある夜、いつもの居酒屋で一緒に飲んでいた『背中に昇り竜のある』正吉さん(印章彫り職人)は、一週間根をつめて作った実印を『大切な人に届けてくる』と言って出て行った。その手土産であろう、カステラ入りの手提げを忘れていったまま。
その後を追い、手提げをひっつかんで雨の夜を走る『私』だったが間に合わず、走り去る1両編成の黄色い都電を見送る・・・それきり正吉さんは姿を消した。
大事件と言えるのはそれだけ。
その後、正吉さんを捜索するとか、その真相が明らかに…!とか全然なし。
お金はあんまりないけど時間はたっぷりある『私』が、この下町で日常を普通に過ごしていく中で訪れるいつもの銭湯、居酒屋、古本屋、大家さんの旋盤工場の情景。そこで暮らし、働く職人たちの矜持に裏打ちされた言葉。
いつもの場所を穏やかに見つめ、出合う人といつものように会話をし、ふと正吉さんとの会話を思い出たり、以前読んだ本や、過去の出来事や、昭和の名競走馬たちへと思いをはせる・・・その流れがごく自然で、美しく、心にしみる言葉が溢れます。
中でも、かつて正吉さんが言った
『いつもと変わらないでいるってのはな、そう大儀なことじゃあないんだ。変わらないでいたことが結果としてえらく前向きだったと後からわかってくるような暮らしを送るのが難しいんでな』
・・・のところで、ちょっと泣けてしまって・・・。
そして美味しいものもたっくさん!
食べ物がおいしそうに描かれているのはもちろん、その食べ物がある情景の魅力にひかれ、何十回繰り返して読んだか・・・っ!!
『私』は大家さん(旋盤工場経営者の米倉さん)の娘・中学生の咲ちゃんに、時々英語と国語を教えています。その対価に家賃割引してもらった上、家庭教師の日はカレーか焼肉の晩御飯メニューをゴチになるのが定番。
ところがある日、彼女が『私』を招いて力作『謹製鶏殻肉野菜盛りだくさんスープと干しぶどう入りバターライス』をご馳走します。
時間をかけて煮込み、何度も灰汁取りしてきれいに澄んだスープと一緒に薄味のバターライスを合わせると、口の中でほんのりそのバターが溶け出す、繊細でしっかりした味を『私』は絶賛します。
ここでの咲ちゃんとお父さんである米倉さんの会話、『私』がしみじみと味わう想いに・・・イイ・・・とため息を一つ。
また、正吉さんが忘れていったカステラの賞味期限がそろそろダメだろう、と主人公は差し替えのカステラを購入し、古い方は店で他の常連さんと食べる事にします。何故ならこの居酒屋では、とある理由から本式のネルドリップ珈琲を出すのです。
鮮やかな卵色と茶のカステラが藍の美濃焼の小皿に載せられて、それに合わせた取っ手のない湯呑に、女将が手早く優しく珈琲を注ぐ…ここの情景の美しく、薫り高く、美味しそうな事といったら・・・!!
他にも居酒屋のランチとか、教習所のビュッフェのサンドイッチとか・・・たくさんあるんですが、きりがないのでここまで(笑)。
食べ物を割り引いても、『娯楽として小説を読む』という楽しさを充分に味わえる本です。
好きな情景、好きな言葉、好きな食べ物が出てくるところに付箋を貼っていたら、付箋だらけで何が何やらわからなくなりました(笑)私の2015年上半期で最上最高の本です。
大変地味ではありますが滋味のあるこの小説が、できるだけたくさんの方に読んでもらえたら・・・と願っております。
ちなみにこの本はもちろんなんですが、だいぶ前に退会されたために埋もれてしまってるのがものすごく惜しい「きしさんの素晴らしい書評」も、是非是非読んでください!お勧めですっ!!!
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スマホを初めて買いました!その日に飛蚊症になりました(*´Д`)ついでにUSBメモリーが壊れて書きかけレビューが10個消えました・・・(T_T)
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この書評へのコメント
- 薄荷2015-07-01 13:45
ちなみに、『原宿ブックカフェ』というTV番組をご存知の方はいますか?
残念ながら2015年3月で放送終了してしまったんですが、本とコーヒー(スポンサーがネスカフェなので)が主役の、本好きには堪らなく楽しい番組でした。
その中でも『文壇レシピ』=『小説やエッセイの中に登場する料理を実際に再現する=名作を食べて楽しむというコーナー』が私のハートを鷲掴み♪
そこでこの本に出てくる『謹製鶏殻肉野菜盛りだくさんスープと干しぶどう入りバターライス』が紹介されてまして、このシーンを耳で聞きながら映像を見ることが出来ました。そりゃぁもう美味しそうで、幸せになります。
まだネット検索すれば観れますから、ご興味のある方は是非。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:185
- ISBN:9784101294711
- 発売日:2006年08月01日
- 価格:380円
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